by 須知 義弘 ,
マーシュ ブローカー ジャパン
貿易保険でも民間の保険会社が提供する保険商品について、特にその種類、活用方法、契約者の留意点、保険会社の引受上のポイント、最近のトレンド等について論じてみたい。
そもそも貿易保険という単語は日本貿易保険(NEXI)が使っているものなので、民間の貿易保険という言葉自体がおかしいかもしれないが、ここでは民間保険会社が扱う取引信用保険、ポリティカルリスク保険、ストラクチャードファイナンス保険を総称して民間の貿易保険という(正確には国内取引をカバーすることもあるので、「貿易」という言葉を付けること自体がおかしいかもしれないが…)。
日本政府は「インフラ輸出戦略」を2013年に構築し、その後戦略を毎年度改定し、今日に至っている。また、2019年には横浜で第7回アフリカ開発会議(TICAD7)が開かれ、ラストフロンティアとしてのアフリカに対しての貿易・投資への機運も高まっている。そもそも、これらの取り組みは、官民一体となり、世界のインフラ需要を戦略的に取り込み、日本国の経済再生の確実な実現につなげることを目指している。加えて、各国の経済・社会基盤強化や地域の安定と繁栄の確保、更には国連の掲げる持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)達成のため、各国・地域におけるハード・ソフト両面での質の高いインフラ整備に積極的に貢献していくことを目標としている。とはいえ、保険の分野においては「官民一体」という部分が欠如している印象が拭い去れない。
たとえば、NEXIは、OECD所属国の輸出信用機関(Export Credit Agency (ECA))として、OECDガイドラインを遵守しなければならない。ともなると、2年超の支払いタームが設定されている取引については、NEXIでカバーできる支払方法がかなり限定される。このようなケースで民間の保険会社を単独または民間の保険とNEXIの保険を組み合わせて使うことにより、より柔軟な支払タームの提供が可能になり、日本の輸出者、または金融機関の競争力を高めることができるであろう。また、日本の国益がないような取引(まれかもしれないが、外国政府が外国産の機械を購入する際に、日本の銀行が資金を提供するなどの取引、あるいは純粋な運転資金の融資など)には、NEXIはカバーを提供できないが、民間の保険会社はカバーの提供が可能である。
一方、NEXIも2004年に貿易保険が民間に開放されてからは、商品を進化させてきている。2019年のTICAD7においても、IsDB(イスラム開発銀行)、ICIEC(イスラム投資・輸出保険機関)、ATI(アフリカ貿易保険機構)とMOU(協力覚書)を締結し、アフリカ向けのビジネスに限定されるものの、今まで民間保険会社の独断場であったバイヤーズクレジットの頭金部分のカバーもこれらの機関と協力することによって提供可能となった。OECDガイドラインを必ずしも遵守する必要がない機関と提携することで、100%のカバーを提供するという画期的な方法である(仕組みを簡単に図示する)。
このように元々柔軟性のある民間保険と、日本という国の後ろ盾がありかつ年々進化しているNEXIの協力が更に強化されれば、「インフラ輸出」だけでなく、日本からの投融資・貿易のサポートとなることは議論の余地がないだろう。
貿易保険は、売掛債権をカバーする信用保険として、19世紀の終わりに生まれ、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間頃に、主として西ヨーロッパで発展してきたと言われている。西ヨーロッパは全体の市場としては大きいが、一つの国だけでは市場としての大きさは十分ではなく、どうしても他国との貿易が必要だった。隣国或いは近くの国といえども外国であるため(当時は通貨も異なっていた)、取引先の支払リスクを取れないことから貿易保険が発達したと言われている。
このような歴史的背景を持つ貿易保険だが、現在のトレンドは、特に民間保険において、売掛債権だけでなく、契約書上に定められた相手方の支払義務が履行されなかった場合にカバーされる不払保険という位置づけが強く、様々な契約の不払いリスクを持つケースが出てきている。
次に民間の貿易保険の種類について説明していきたい。民間の貿易保険の最大のマーケットはロンドンであり、主としてロンドンで使用されている分類は以下の通りである。
Contract FrustrationもしくはTrade Risks Political (CF) は、日本語では契約不履行保険などと訳されることが多い。これは、物の売買やサービスの提供、あるいはバイヤーズクレジット(物を買う為の融資)やプロジェクトファイナンスなどの貿易やプロジェクトに関しての取引において、相手先が公的機関(国、省庁、地方公共団体、国有企業など)の場合の不払いリスクを持つ保険である。一方、Non-Payment by Private Obligor もしくはTrade Risks Commercial (CR) は、同じ貿易・プロジェクトに関しての取引ではあるものの、相手先が民間企業の場合の不払いリスクを持つ保険である。日本のマーケットである程度浸透している取引信用保険はこの分類に入る。
Non-Trade (NT) は相手方が公的機関・民間企業を問わず、また貿易やプロジェクトとは関係なく、相手方の債務不履行(主に不払いリスクだが、それに限定されず契約上の債務不履行を幅広くカバーすることが可能)をカバーするものである。典型的な例として、金融機関による運転資金融資が挙げられる。最後にPolitical Risk Insurance (PR)は、相手方が公的機関・民間企業を問わないのはNon-Tradeと同じだが、相手方が債務不履行になる原因がPolitical Risk(非常危険)に限定されるという点が異なる。
ここで、Credit Risk(信用危険)とPolitical Risk(非常危険)について説明しておきたい。信用危険とは、相手方の責により債務不履行が起こることである。相手方が倒産したり、倒産しないまでも財務状況が悪化し債務を履行できないケースなどがこれに当たる。一方、非常危険は、相手方の責によらない債務不履行である。たとえば、日本の会社Aが、ある新興国Bの会社Cに物を売る場合で、決済通貨がドルであると想定しよう。Cが代金をAに払うためには、Bの現地通貨をドルに換えて支払わなければならないが、B政府がこの為替交換を制限、またはドルへの交換はできたがドル送金を規制することにより債務不履行に陥るケースがこれに当たる。Cにしてみれば代金決済する資金を十分に持っているにも関わらず、B政府の外貨政策によって代金決済できない。これが非常危険の典型的な例である。
他の非常危険の例としては、接収・収用・国有化や戦争・政治的暴力が挙げられる。接収・収用・国有化とは、貿易や投資・融資先の政府(現地政府)が、相手方やその資産を接収・収用・国有化してしまうことである(尚、接収・収用・国有化の単語にはそれぞれ別の定義があるかもしれないが、ここでは三つの単語をまとめて「現地政府の作為により相手方がその国で操業できなくなってしまうこと」とする)。
ウゴ・チャベス氏が大統領であった一昔前のベネズエラでは、ベネズエラ政府による国内企業・外資系企業の直接的な国有化が頻繁に行われていたことが記憶にあるだろう。昨今の接収・収用・国有化はそれほど単純なものではなく、たとえば、鉱山プロジェクトで予め決められていた現地政府へのロイヤリティーが大幅に上げられたことにより、プロジェクトが立ち行かなくなるなど、間接的な接収・収用・国有化が一般的である。このような接収・収用・国有化を忍び寄る収用(Creeping Expropriation)と呼ぶことがある。
尚、接収・収用・国有化などカバー内容の細かい点については、次回以降に改めて説明していく。
また、戦争・政治的暴力は、戦争や内戦、テロ、暴動、騒擾など政治的意図を持つ暴力行為により、取引の相手方が債務不履行を起こした時の不払いリスクをカバーするものである。たとえば取引先の国が内戦状態になり、その取引先が購入代金を払えなくなったり、融資の利払いを行えなくなったりする場合がこれにあたる。
次回は、民間の貿易保険の種類についての補足説明と、マーケットの状況について説明する。
(注)本コンテンツについては2019年にインフラトに寄稿したものから、一部内容を修正して転載しております。